見習い錬金術師の冒険奇譚  2-1

普段は昼まで寝ているのがざらなのだが、その日に限って目が覚めたのはまだ明け方だった。彼女にしては珍しいを通り越し、極めて稀だといえる。 朝鳥さえ鳴き始める前、人影もない小さな広場に足を向けたのも気紛れに等しい。 中央にある小さな噴水は、造り…

見習い錬金術師の冒険奇譚

1-4 夜更けの暗がりの中、高く聳える城壁の外側に沿って影が三つ、中央に燃える焚火を囲んでいた。三人で囲むには小さな火であるのは、あまり目立ちたくはないからか。 影のうちの一人が手にしていた小さな紙片を、目の前の焚火に放り込んだ。 「今のとこ…

 見習い錬金術師の冒険奇譚

1-3 「よろしくお願いします」 まだ若い魔法使いがブルディカに頭を下げたのは、象牙の塔の村の宿屋を出てすぐのことである。 「こちらこそ、よろしくお願いする。えっと・・・」 「ウィルと申します」 蒼の皇女が万が一にと、どうしても譲らなかったのが…

 見習い錬金術師の冒険奇譚

1-2 それが何を意味するのか。 この部屋にいる三人の中で最も理解しているのは、ブルディカだけであった。 やはりご存じで、と象牙の塔の幹部長が言った。 「皇帝の石、と呼ばれるそれは、あの場所で採掘される闇の石を究極まで製錬したものと聞きます。…

 見習い錬金術師の冒険奇譚

1-1 魔法や魔術の世界を研究・解明する特務機関「象牙の塔」は、王国の主要な街にその研究員を配置し、王国民と接する事で魔法をより身近に感じれるようにしてきた。だからこそ、各街で起きる非日常的な事件や自然現象に関しては迅速に対応も出来ている。…

 見習い錬金術師の冒険奇譚

序章 キャサリンの店の周囲にも、明日に迫った首都の収穫祭の出店が立ち並び始めていた。今年はしばらく見なかった果物の飲み物の露店も復活するらしく、どの辺りに店を構えるのか注目を集めている。 この夏に起きたアデン全土を巻き込んだ出来事は、その季…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

2-4 埃の下から現れたそれは、素人目に見てもそう判断できるものであった。 魔法陣ー未だその全ては解明に至ってはいない。特定の魔法や魔術の効果を増幅したり、継続時間を延長したりする他、異界の存在をこの世界に召喚する際に使用される。崇める神や目…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

2-3 同時刻、カスパーはセマと共にアデンの貧困街の外れにいた。 二人の前に建っている一軒家はこの周辺のどこにでもあるくたびれた造りで、誰かが住んでいる気配はなかった。 「数年前までは老婆とその孫の青年が住んでいたらしいんだけど、今は廃屋にな…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

2-2 早朝、まだ朝日が昇らない時間帯に貧困街のとある一角を守護部隊が駆け付けていた。六人で編成された部隊がひとつ、さらに加えて一人の精悍な若者とオリムの姿があった。 少し酒臭い浮浪者が慌てて「路地でものすごい火柱が燃え上がっている」と言っ…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

2-1 「そんなの覚えてるわけないじゃないか!」 困り果てたような店主の返答に、右の掌を上に向ける。 周辺の魔力が凝縮されていき、小さな炎が生まれたのを見ても、閑古鳥の店主の答えは変わらない。 「僕は火の魔法を得意としてるんだ。この店を焼きつ…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

1-4 今すぐにでも飛び出して行きそうなカスパーをセマが押さえ込み、現状出来ることの確認をした後、行動に移すことにした。 メルキオールとセマは抱えている魔法研究に一区切りつけなければならなかったし、半年の間行方不明だったオリムは『タイタン』…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

1-3 自らが記録した場所に瞬時に移動する「空間転移魔法」の成功率は、使い手の熟練度によって大きく差が出る、と言われている。失敗すれば知らない土地に着地する事もあるが、それはまだ良い方だ。下手をすれば地面の下に埋もれ、そのまま死を迎える事も…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

1-2 魔法研究機関が『タイタン』と命名されたのは、アデン図書館に本拠地を置いてからである。現在のアデン国王コーラスがハイネにあった魔法研究機関を首都へと呼び寄せたのだが、国王自身が生粋の戦士で魔法に縁遠かった事で非常に強い興味を示した事が…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

1-1 今年の暑さは例年を遥かに超えるもので、何をするにも滴り落ちる汗との格闘となり、見上げる度に照りつける太陽の輝きは、その強さを増していくばかりであった。 そんな中、恒例となったケント領主催による大陸武闘大会が大盛況のうちに終了し、本格…

雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

序章 その夜の雷雨は、横殴りの風と相まって激しさを増すばかりであった。 手綱を握る手にも、そろそろ力が入らなくなってきている。雨除けの外套を頭から被っているとはいえ、全身を冷たい雨にさらされながらの帰路は、体力の消耗の想定を遥かに超えていた…