見習い錬金術師の冒険奇譚

             序章

 

 キャサリンの店の周囲にも、明日に迫った首都の収穫祭の出店が立ち並び始めていた。今年はしばらく見なかった果物の飲み物の露店も復活するらしく、どの辺りに店を構えるのか注目を集めている。

 この夏に起きたアデン全土を巻き込んだ出来事は、その季節特有の熱と融合し、秋風が吹き始めた今でも冷めることがなかった。死の圧政を強いてきた反王の時代を若き赤獅子の王と蒼き皇女が終わらせ、新たな希望の時代を迎えた物語。それについて語るのは、また別の機会となるだろう。

 アデンの秋を飾る収穫祭は貿易都市グルーディンを皮切りに、ケント、ギランと続いて首都アデンへと続く。今年の祭りは夏の熱との相乗効果で、例年の二倍の規模になる見込みだそうだ。先に行われた各街の収穫祭もすごい盛り上がりを見せていたらしい。その噂もまた、首都での開催を数日前から賑わせてる要因のひとつであろう。

 港に続く大通り沿いにあるキャサリンの店の中、その一角に設けられた陳列棚は、回復や解毒の薬剤を専門に扱うこの店には不釣り合いなものが並べられていた。細かく砕かれた宝石の破片を使った首飾りや、その土台となる部品、そして見慣れない色の輝きを放つ小さな宝玉。

 「あの娘、大丈夫かなぁ・・・」

 キャサリンがまだ中身を詰めていない硝子瓶を磨きながら呟いた。

 その時、店の扉を開けて入ってくる三人の客の姿があった。全員が全身をすっぽりと覆う黒い旅行型の外套に包まれている。

 「あなたがリュミエール様か?」

 一番前にいた外套がキャサリンに向かって声をかけた。

 とんでもない、と顔の前で右手を左右に振った。

 「私は代々ここで薬を生業とするキャサリンといいますわ。お探しのリュミエール様は今日はまだ来てないんですけれど、何かお急ぎの御用でしたかしら?」

 瓶を磨く作業を止めて、にっこりと笑顔を向けた。

 見る限りに怪しい三人組は、互いに顔を見合わせるような仕草をする。

 「いや、そういうわけではないのだ。日を改めてお伺いしよう」

 失礼した、といって背を向けた三人組をキャサリンが呼び止める。

 「あの!お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?!」

 会話していた外套が、首だけをキャサリンの方に向けた。

 「そうだな・・・。ブルディカ。私の事はそう呼んでくれ」

 それだけを言い残して、三人組の姿は扉の外側へ歩み出た。

 「そろそろあちら側も動き出すか・・・。どうしたものか」

 先頭の外套が呟き、そのまま人混みの中へと消えていった。

 秋の収穫祭の開催を前にして、アデンの街はゆっくりと迫っている危機に気がついてはいないようだった。

 その証拠に、心地よい秋風が、賑わう人々の間を吹き抜けていた。