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 見習い錬金術師の冒険奇譚

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 それが何を意味するのか。

 この部屋にいる三人の中で最も理解しているのは、ブルディカだけであった。

 やはりご存じで、と象牙の塔の幹部長が言った。

 「皇帝の石、と呼ばれるそれは、あの場所で採掘される闇の石を究極まで製錬したものと聞きます。その皇帝の石を用いて生成されるものであれば、あの場所を拠点とする闇の種族の方々であれば心当たりがあると思いました。できれば、グランカインの涙とは何なのかを、教えていただいてよろしいでしょうか?」

 部屋の中を照らし出す灯りが小さく揺れた。まるでこれから語られるであろう内容に震えてしまったかのように。

 ブルディカが蒼き皇女と視線を重ねた。

 今はまだ、この王国がとある事実を受け止めることは出来ない状態にある。

 だからこそ、赤髪の獅子王と蒼き皇女、その側近の一部にしか知らされていない内容に、グランカインの涙という物質が含まれている。機密事項とされているものを果たして語るだけの必要性がこの時にあるのであろうか?

 しばしの沈黙の後、皇女はこくりと頷き、ブルディカが目を閉じた。

 「世界には、最高級と呼ばれる代物がいくつもある。だが、そのほとんどは誰にでも作り出すことが出来る。ほんのちょっと、運が良ければいい。それだけだ」

 そう言って、ブルディカが寝台に腰を下ろした。

 「だが、稀にあるのだ。神がほんの気紛れで、この世界にそれを生み出す事が。本当の、神の領域に存在するものが。繰り返される生命の営みの流れの中で、それを手にしたものは、この世界が生まれてから今まで片手にも満たない。そう言われている」

 両手を膝の上で組み、視線を幹部長へと向けている。

 「私の種族の多くが崇めているのは、破壊の神だ。私と共に地上に出た同胞はもう改宗したが、今もまだその影響から抜け切れていないのは仕方がない。三百年ほど前に起きた内戦が、我らダークエルフの根源となる。もっとも、その内戦はこちら側の歴史からは抹消されていたが」

 商業都市ギランの領主が起こした内戦は、貴族と武芸の街ケントを巻き込み、聖なる森に住まうエルフ族を相手としたものだった。あくまでも平和を望む者達と、武力にて抵抗しようとした者達で二分化されたエルフ族は、聖なる森の三分の一を戦火で失った。抵抗を試みた者達は追い立てられ、オーレンやウッドベック等へ逃げ延びた。そして、砂漠の門より地下世界へと逃れ、復讐に燃える心を破壊の神へと捧げたのだ。暴虐の極みであると当時のアデン王コーラスによってギラン領主は処刑され、残されたエルフ族と不可侵条約を締結。起きてしまった事も、影に蠢いた真実も、全てを含めて歴史から抹消されたのだった。

 「グランカインの涙は、神の力を宿した武器を生み出す為に使われる材料のひとつ、とされている。無論、破壊の神の力だが、つまりはそれだけ強力な何かを生み出せるだけの力を秘めている、といえる。人工的に作り出す事は不可能だと思われていたし、少なくとも我らには作り出せなかった。過去三百年を通じて、だ。それがまさか、一介の錬金術師によって成されてしまうとは・・・」

 驚きの感情は防ぎようがないだろう。

 「破壊神の力を宿す・・・。なるほど、それだけのものとなれば、欲しがる輩は数えきれませんな・・・。そうなると、ブルディカ様にお願いしたい内容が変わってきましたな・・・」

 幹部長が寂しくなった脳天に片手を置いて、唸った。

 「元々は行方知れずになったラビエンヌの捜索でしたが、それは皇女の方にお願いするとして。ブルディカ様には別の錬金術師を守っていただきたい」

 「別の錬金術師?」

 「はい、と言ってもまだ見習いなのですが。名をリュミエールと申します」