見習い錬金術師の冒険奇譚

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 夜更けの暗がりの中、高く聳える城壁の外側に沿って影が三つ、中央に燃える焚火を囲んでいた。三人で囲むには小さな火であるのは、あまり目立ちたくはないからか。

 影のうちの一人が手にしていた小さな紙片を、目の前の焚火に放り込んだ。

 「今のところ、予定通りだそうだ」

 そうか、と別の影が答えた。

 もうひとつの影は、いらついたように短剣を地面に突き立てた。

 「隊長・・・まだですか?」

 短剣を握る指に力を込めながら、影が呟いた。少しばかり震えた声になっているのは、強い感情を押し殺しているかのように感じられた。

 紙片を投じた影が、短剣の影に顔を向けた。

 黒い外套を頭から覆ったまま、その双眸が静かな眼差しを光らせる。

 「我慢しろ。我らが神に奉る供物には、それに相応しい資格が必要だ。誰でもいいのであれば、お前は何も気にすることなく、その短剣を存分に振るう事も出来るが」

 双眸の先を焚火へと戻し、隊長と呼ばれた影が続ける。

 「こればかりはそうもいかん。元々我らは崇高なる目的の為に地上へと戻った。来たるべきに備え、軍団と息を揃え、この地上を復讐の炎で焼き尽くすために」

 わかっている、と短剣の影が言葉を遮る。

 この数か月、何度となく繰り返された問答であった。

 復讐の炎で地上を焼き尽くすーそのために選び抜かれた斥候隊であった。

 かの軍王とまではいかないが、自分達は雑兵とは違う。それなりの手練れで構成されたのであり、その潜在能力は領主が治める程度の街であれば、一晩とかけず陥落せしめるだけの力を保持している。いや、していたのだ。

 憎き元同族の森の外れにあった洞窟の地下深くに潜み、地上の状況を探るべく各方面に散っていた同胞が戻った時、全てが一変した。

 出迎えたのは、変わり果てた仲間の姿だった。六名ほどは武器すら抜いた気配もなく、十三名は戦闘態勢のまま。だが、どの武器にも相手に傷を負わせた形跡がない。そのうえで、四名は首から切り落とされていたのだ。しかも、傷口はみな同じ武器である事を証明していた。

 地上でこんな事を可能とするだけの武人は、そうはいないはずだ。伝え聞く飛龍殺しの騎士モスであっても、こちらが手傷ひとつ与えられないはずはない。だが、残酷な仕打ちを施した敵は、確実に領地を落とすだけの実力者達の命を絶った。しかも、多分たった一人で、だ。

 残されたのは五人だけであった。その五人全員が、惨劇が繰り広げられた洞窟の惨状から、一人の男を思い出していた。

 地下王国の率いる軍勢の中でも別格の強さを持っていた、あの裏切り者をー。

 「この件で、我らは夢にも思わなかった偶然を手に入れようとしている。これが実現し、量産さえ出来るというのであれば、かつて神が愛でた武器さえも手に入れる事も可能かもしれん。そして、そういう事態であればー」

 仲間の敵である奴も、引きずり出せるかもしれない。

 閃きではあったが、それは確信にさえ近いものであった。

 我らが計画の前に奴が立ち塞がるのであれば、その時こそ。

 「・・・殺す」

 短剣の影が呟いた言葉は、炎に焼かれて鳴った薪の軽い音に紛れた。