雪原の大賢者 ーアデン戦国記異聞録ー 

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 埃の下から現れたそれは、素人目に見てもそう判断できるものであった。

 魔法陣ー未だその全ては解明に至ってはいない。特定の魔法や魔術の効果を増幅したり、継続時間を延長したりする他、異界の存在をこの世界に召喚する際に使用される。崇める神や目的、望む効果によって様式も図式も必要な素材も変わってくるのだが、元々その魔法や魔術の解明自体が進んでないのだから、用いられる魔法陣も同様な結果となっている。魔法研究の機関である『タイタン』がその最先端とも言える部署となるのだが、それでも魔法というものをどれだけ知ったことになるのであろうか。この時代において、すでに忘れ去られてしまった神々もいるというのに・・・。

 セマの杖先の明かりが床を照らし出した魔法陣は、所々円形部分と描かれている神聖文字が擦れている。こうなっていては、効果は期待出来ない。

 「慈愛の神の神聖文字に見えるけど・・・」

 カスパーの意見にセマも同意した。アデンにある慈愛の神アインハザードの聖堂にある紋様を図式とし、平和を祈る円形の図形が魔法陣であると判明したのも『タイタン』の研究の成果であるが、それだって判明したのは約十年ほど前である。以降、魔法陣に関しての研究は飛躍的に進んでいる。

 こつん、と小さな音が鳴った。

 カスパーがよろめき、杖でその小柄な身体を支えたのだ。

 彼の名を呼んで近づこうとしたセマの意識が急激に揺れる。自身の全てから力が抜けていく感覚が、眩暈を引き起こしたのだ。

 杖を握る力に集中して理性を保つセマが、どうにか状況を整理しようとする。

 今この時点で自分が置かれている状況は、極めて危険だと本能が告げているのだ。身体を襲っている感覚は、内なる魔力と共に生命力までもが何かに吸い取られている証拠であり、一刻も早く現状を脱しなくてはならない。出来なければ、待つのは死である事を直感したのだ。

 そしてカスパーもまた、現状を打破すべく思考を巡らせていた。

 こうなった原因は何か?

 もっとも確率の高い要素である埃に埋もれていた足元の魔法陣は、見るからに機能していない。だが、見えない何かによって魔力のみならず生命力までも吸い取る罠があって、今まさにそれが実行されている。

 自分たちの周囲を半透明の薄紫色の光の壁が囲んでいるのをかろうじて開けた片目の視界に確認できたが、自分の生命力を奪われないように意識を集中させ続ける必要もあるため、思考が上手くまとまらない。

 「上だっ!」

 絶対絶命の窮地にある二人の姿が、開け放たれたままの扉の外から呼ぶ人物の声に気が付いたかどうか。